召集令状が届いた翌日、彼は結婚式を挙げた

戦時中に出征前の男性が結婚した理由を、行動経済学の「互恵性(Reciprocity)」理論と歴史的事実から解説。家名存続・国策・遺族年金・感情的つながりという4つの動機を通じ、「自分のためではなく誰かのための結婚」という視点を現代婚活に接続する。婚活コンサルタント・横井むつとも(ミューコネクト株式会社)による実例を含むナラティブ婚活コラム。
「親孝行って、何だと思いますか」
33歳の男性会員が、初回面談でそう言った。
私立の名門校を卒業したエリートだった。学校も、趣味のオタ活も、親に一度も反対されたことがない。好き勝手にやらせてもらった20年間だった。
「旅行とかプレゼントとか、そういうのじゃないと思うんです。孫の顔を見せること。それが一番の親孝行じゃないかと思って、ここに来ました」
自分のための結婚ではなかった。誰かへの恩返しとして、結婚を選んだ。
その話を聞きながら、私はある時代の写真を思い出していた。
白無垢姿の花嫁と、軍服の花婿。新婚生活は3日間。そのまま夫は戦死した。
「死ぬかもしれないのに、なぜ結婚するのか」
戦時中の人々が出征前に結婚した理由を調べると、結婚とは何かという問いの本質が見えてくる。
なぜ戦時中に婚姻数が増えたのか
戦争が始まると、結婚する人が増える。
日本でも日中戦争が開始された1937年、太平洋戦争が開始された1941年に婚姻数が大きく増加した。現代のウクライナでも、戦争が始まった2022年以降、首都キーウで5か月間に平時の8倍以上の婚姻届が提出されたという。
「どうせ死ぬなら結婚しても意味がない」と考えた人もいた。実際、そう言って独身を貫いた男性もいたと記録に残っている。
一方で、「死ぬかもしれないからこそ結婚する」と動いた人たちがいた。
なぜか。その理由は、4つに整理できる。
理由① 家名を絶やさないために——互恵性という本能
当時の日本には「家制度」があった。
家とは、個人ではなく一族の継続単位だ。男子が死ぬ前に子を残すことは、個人の欲求ではなく、一族への義務だった。
「せめて所帯を持たせてから送り出したい」
それは親の切実な願いだった。召集令状が届いてから急いで式を挙げるケースも珍しくなかった。花婿が戦地にいるため、花嫁だけで式を済ませた例すらある。
ここに、行動経済学で言う**互恵性(Reciprocity)**の原理が静かに働いている。
人間は「受けた恩を返したい」という強い動機を本能的に持つ。育ててもらった。守ってもらった。だから返したい——その感情は、損得計算ではなく、もっと深いところから来る衝動だ。
冒頭の33歳の彼が「孫の顔を見せたい」と感じたのも、戦時中の男たちが死を前に「家を絶やしてはならない」と動いたのも、構造は同じだ。誰かに何かをしてもらったとき、人間はそれを返さずにはいられない。
理由② 国が結婚を義務にしていた
「産児報国」「結婚報国」——戦時中には、こんなスローガンが掲げられていた。
1941年、閣議決定された人口政策確立要綱により、結婚と出産は国民の義務として位置づけられた。「結婚はもはや個人の私事ではなく、国民としての大切な義務」という価値観が社会全体に浸透していた。
個人が「結婚したい」と思う前に、社会が「結婚しなさい」と構造的に押し出していた時代だった。
翻って現代はどうか。「結婚しなくてもいい」「一人でも幸せになれる」という選択肢が増えた。自由になった分だけ、踏み出す理由を自分の内側に探さなければならなくなった。
理由③ 妻の生活を守るために
もう一つ、見落とせない現実的な理由がある。
戦死した場合、籍に入っている妻には遺族年金・遺族恩給が支給された。
入籍していなければ、何も出ない。
「死ぬかもしれないから結婚しない」ではなく、「死ぬからこそ、先に籍を入れておく」。残される人間への最後の責任として、結婚を選んだ男たちがいた。
ここにも互恵性がある。一緒になってくれる人がいる。自分を待ってくれる人がいる。その恩を、せめて制度の形で返しておきたい。 愛情の表現であり、同時に非常に誠実な判断だった。
ナラティブ婚活では、条件より先に「この人のために何かしたい」という感情を大切にしている。詳しくはナラティブ婚活とはを読んでほしい。
理由④ 死の前夜に、人はつながりを求める
1945年3月10日、東京大空襲の前夜。
焼夷弾が降り注ぐ数時間前に、婚約したばかりの若いカップルがいた。
論理ではない。制度でもない。ただ、死が近づいたとき、人間は誰かとつながっていたいと思う。その原始的な感情が、結婚という形をとった。
死の恐怖は、人間に「今、誰かと結ばれたい」という衝動をもたらす。これは時代も国境も超えた、人間の本能だ。
「自分のため」じゃなくていい
現代の婚活では、こんな言葉をよく聞く。
「自分が本当に好きになれる人じゃないと」 「自分が幸せになれるかどうか、まだわからない」 「自分の気持ちに確信が持てない」
全部、「自分」が主語だ。
でも冒頭の33歳の彼は違った。「自分が幸せになりたい」ではなく、「親に孫の顔を見せたい」が動機だった。自分のための結婚ではなく、誰かへの恩返しとしての結婚。
戦時中の男たちも、同じ構造で動いていた。
家族のため。残される妻のため。一族の血を継ぐため。「自分」ではなく「誰か」が、彼らを結婚へと動かした。
互恵性とは、弱さではない。誰かに何かをしてもらったことを覚えている、という人間としての誠実さだ。
その気持ちを動機にできる人は、婚活においてひとつの強さを持っている。相手を幸せにしようとする人間は、結婚してからも強い。
「なぜ結婚するのか」、あなたはどう答えるか
条件が合っても踏み出せない。好きかどうか確信が持てない。うまくいく保証がないと動けない。
その迷いはよくわかる。でも少し立ち止まって、こう考えてみてほしい。
あなたが誰かに返したい恩は、ないだろうか。
戦時中に結婚した人たちには、「うまくいく保証」など最初から存在しなかった。それでも動いたのは、守りたい人がいたからだ。
「この人と、家族になりたい」「あの人に、孫の顔を見せたい」。そのくらいシンプルな理由で、十分だ。
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